原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集
レーザを用いた超高感度分析技術による 高速炉のプラント安全性向上に関する研究
(受託者)独立行政法人日本原子力研究開発機構
(研究代表者)青山卓史 高速実験炉部 高速炉技術課長
(再委託先)国立大学法人名古屋大学、国立大学法人東京大学
(研究代表者)青山卓史 高速実験炉部 高速炉技術課長
(再委託先)国立大学法人名古屋大学、国立大学法人東京大学
1.研究開発の背景とねらい
原子力プラントでは、多重防護の考え方に基づいて多段的な安全対策を採用している。このうち、事故への拡大を防止する対策としては、異常の発生をいち早く発見して、事故へ進展しないよう有効な処置を施すことが重要である。このためには、発生した異常を初期の段階で正確に検知する技術が不可欠である。高速炉の冷却材に用いているナトリウムは炉心の冷却機能を担うとともに、化学的に活性な特性をもつため、その漏えい検知は安全確保上重要である。このナトリウム漏えい検知では、微量のナトリウムを感度良く検出することが必要である。冷却材配管から漏えいした微量のナトリウムは、雰囲気ガスに含まれる酸素等と化学反応して化合物を形成し、エアロゾルとなって配管の周辺に漂う。現在、極微量のナトリウム漏えいを検知するため、ナトリウムイオン化式、放射線イオン化式等のナトリウム漏えい検出器が使用されている。また、レーザブレークダウン方式の検出器も開発中である[1]。ただし、上記の検出器は、いずれも原理的にナトリウム元素を検出するため、冷却材配管周辺の雰囲気に含まれる塩分がバックグラウンドとなり、この濃度より低い微量な漏えいナトリウムを検出することはできない。そこで、本研究では漏えいナトリウムの検出にレーザ共鳴イオン化質量分析法(Laser Resonance Ionization Mass Spectrometry:RIMS)を適用することにより、高速炉の1次冷却材ナトリウムの中性子核反応により生成した放射化ナトリウム(22Naあるいは24Na)を高感度で検出する技術を開発する。RIMSについては、日本原子力研究開発機構において、高速炉の冷却材ナトリウムの液面を覆うアルゴン(Ar)カバーガスに含まれる希ガスを超高感度で分析する技術を開発し、アルゴン中のキセノン(Xe),クリプトン(Kr)を核種あたり数〜数十pptレベルの極低濃度で検出することに成功した実績がある[2]。本研究では、現行のナトリウム漏えい検出器の性能である100ppbの2〜3桁程度まで検出感度を高めるとともに、放射化ナトリウムの検出に対するRIMSの適用性を評価することを目的とする。検出感度の向上により、ナトリウム漏えい検出器のプラント設置台数を低減できる効果がある。また、商用炉では、原子炉容器とガードベッセルの間隙容積が原型炉よりも大きくなり、漏えいしたナトリウムの濃度が低下するため、高い検出感度が求められている。
本研究では、RIMSを適用したナトリウム漏えい検知試験装置を製作し、高速実験炉「常陽」の1次冷却系から採取したナトリウム試料を用いてエアロゾルの分析試験を行い、天然ナトリウム(23Na)及び放射化ナトリウムの検出性能を評価することを計画している。現在、試験装置の製作を完了し、調整試験を実施している状況である。ここでは、製作した試験装置の概要及び試験装置の設計に活用した基礎試験の結果について報告する。
2.研究開発成果
(1) ナトリウム漏えい検知試験装置
平成19年度に製作を完了したナトリウム漏えい検知試験装置の全体構成を図1に示す。ナトリウムエアロゾル供給装置で生成した極微量のナトリウムエアロゾルを、エアロダイナミックレンズを介してイオン化チャンバの内部に導入し、レーザアブレーションによりエアロゾルを単原子化した後、レーザ共鳴励起とパルス電場印加によりナトリウム原子を選択的にイオン化し、飛行時間型質量分析計でナトリウムイオンを同位体別に検出する。ここでは、ナトリウムエアロゾル供給装置、エアロダイナミックレンズ及びイオン化チャンバの内部構造について説明する。
ナトリウムエアロゾル供給装置は、ナトリウム濃度として10-10g/cm3〜10-13g/cm3(100ppb〜100pptに相当)の極微量のナトリウムエアロゾルを供給する装置である。本装置を用いて、固体ナトリウムをヒータで加熱して蒸気化した後、酸素と化学反応させてエアロゾルを形成し、希釈率が約10倍の希釈器を最大4台まで用いて希薄する。なお、ナトリウム濃度は、エアロゾルを一定時間フィルタで捕集し、これを原子吸光分析法等を用いて定量する。ただし、希釈器の前段に放射線イオン化式検出器(Radiative Ionization Detector:RID)を設置し、ナトリウム濃度の時間的変化をモニタする。本装置の外観写真を図2に示す。
エアロダイナミックレンズはチューブの内部に数段のオリフィスを連ねた構造を有し、大気圧中のエアロゾルを10-3Pa程度の真空チャンバの内部に導入するとともに、エアロゾルを直径約3mmの粒子線に収束させるものである。この方法は、一般的なフィルタを用いたエアロゾル採取方法に比べ、ロードロック機構が不要となるため、オンラインシステムを簡素化できる特長がある。エアロダイナミックレンズの粒子透過効率は粒径に依存し、大気観測用の標準レンズでは、真空中の空力学径(幾何学径に形状係数と密度を乗じた量)で60nm〜600nmの粒子が100%透過するよう設計されている。一方、これまでの実験に基づく検討[3]により、ナトリウム漏えい時に発生するエアロゾルは、重量比率上、空力学径で900nm〜3600nmの範囲に分布すると推定している。そこで、流体力学計算により、管の内径、オリフィスの孔径・間隔等を設計した。設計したレンズの透過効率を評価した結果を図3に示す。今後、ナトリウムエアロゾルに対する透過効率の最適化を図っていく。
イオン化チャンバは、エアロゾルの単原子化とナトリウム原子のレーザ共鳴イオン化を行う本装置の中枢部である。イオン化チャンバの内部構造を図4に示す。ナトリウムエアロゾルをエアロダイナミックレンズにより収束して集積板の表面に当て、一定時間集積した後、集積板を回転させ、そこにレーザを照射して集積したエアロゾルをアブレーションにより単原子化する。生成したナトリウム原子に共鳴波長をもつレーザを照射してRydberg準位(イオン化ポテンシャルに近いエネルギー固有値をもつ準位)へ励起し、その直後に電極にパルス電圧を印加し、ナトリウム原子をイオン化すると同時に生成したイオンを飛行時間型質量分析計へ導入する。集積板へのエアロゾルの付着率、エアロゾルの原子化率及びナトリウム原子のイオン化率等の移行率を文献値や設計に基づいて想定し、ナトリウム原子個数の移行挙動を概略的に予測した。その結果、ナトリウム原子濃度が現行の検出感度より2桁小さい1ppbの試料ガスを、エアロダイナミックレンズにより0.1ℓ/分の流量で導入し、集積板に10秒間エアロゾルを集積した場合、質量分析計で検出されるナトリウムイオンの個数は約109個となった。「常陽」の1次冷却系ナトリウムの同位体存在比率を考慮すると、放射化ナトリウムの検出個数は、24Na:約10個、22Na:約10-1個となり、本装置を用いて放射化ナトリウムを検出できる見通しを得た。今後、RIMSを適用した本方式の成立性を評価するため、原子個数の移行率に対する検討を進めていく。
平成19年度に製作を完了したナトリウム漏えい検知試験装置の全体構成を図1に示す。ナトリウムエアロゾル供給装置で生成した極微量のナトリウムエアロゾルを、エアロダイナミックレンズを介してイオン化チャンバの内部に導入し、レーザアブレーションによりエアロゾルを単原子化した後、レーザ共鳴励起とパルス電場印加によりナトリウム原子を選択的にイオン化し、飛行時間型質量分析計でナトリウムイオンを同位体別に検出する。ここでは、ナトリウムエアロゾル供給装置、エアロダイナミックレンズ及びイオン化チャンバの内部構造について説明する。
ナトリウムエアロゾル供給装置は、ナトリウム濃度として10-10g/cm3〜10-13g/cm3(100ppb〜100pptに相当)の極微量のナトリウムエアロゾルを供給する装置である。本装置を用いて、固体ナトリウムをヒータで加熱して蒸気化した後、酸素と化学反応させてエアロゾルを形成し、希釈率が約10倍の希釈器を最大4台まで用いて希薄する。なお、ナトリウム濃度は、エアロゾルを一定時間フィルタで捕集し、これを原子吸光分析法等を用いて定量する。ただし、希釈器の前段に放射線イオン化式検出器(Radiative Ionization Detector:RID)を設置し、ナトリウム濃度の時間的変化をモニタする。本装置の外観写真を図2に示す。
エアロダイナミックレンズはチューブの内部に数段のオリフィスを連ねた構造を有し、大気圧中のエアロゾルを10-3Pa程度の真空チャンバの内部に導入するとともに、エアロゾルを直径約3mmの粒子線に収束させるものである。この方法は、一般的なフィルタを用いたエアロゾル採取方法に比べ、ロードロック機構が不要となるため、オンラインシステムを簡素化できる特長がある。エアロダイナミックレンズの粒子透過効率は粒径に依存し、大気観測用の標準レンズでは、真空中の空力学径(幾何学径に形状係数と密度を乗じた量)で60nm〜600nmの粒子が100%透過するよう設計されている。一方、これまでの実験に基づく検討[3]により、ナトリウム漏えい時に発生するエアロゾルは、重量比率上、空力学径で900nm〜3600nmの範囲に分布すると推定している。そこで、流体力学計算により、管の内径、オリフィスの孔径・間隔等を設計した。設計したレンズの透過効率を評価した結果を図3に示す。今後、ナトリウムエアロゾルに対する透過効率の最適化を図っていく。
イオン化チャンバは、エアロゾルの単原子化とナトリウム原子のレーザ共鳴イオン化を行う本装置の中枢部である。イオン化チャンバの内部構造を図4に示す。ナトリウムエアロゾルをエアロダイナミックレンズにより収束して集積板の表面に当て、一定時間集積した後、集積板を回転させ、そこにレーザを照射して集積したエアロゾルをアブレーションにより単原子化する。生成したナトリウム原子に共鳴波長をもつレーザを照射してRydberg準位(イオン化ポテンシャルに近いエネルギー固有値をもつ準位)へ励起し、その直後に電極にパルス電圧を印加し、ナトリウム原子をイオン化すると同時に生成したイオンを飛行時間型質量分析計へ導入する。集積板へのエアロゾルの付着率、エアロゾルの原子化率及びナトリウム原子のイオン化率等の移行率を文献値や設計に基づいて想定し、ナトリウム原子個数の移行挙動を概略的に予測した。その結果、ナトリウム原子濃度が現行の検出感度より2桁小さい1ppbの試料ガスを、エアロダイナミックレンズにより0.1ℓ/分の流量で導入し、集積板に10秒間エアロゾルを集積した場合、質量分析計で検出されるナトリウムイオンの個数は約109個となった。「常陽」の1次冷却系ナトリウムの同位体存在比率を考慮すると、放射化ナトリウムの検出個数は、24Na:約10個、22Na:約10-1個となり、本装置を用いて放射化ナトリウムを検出できる見通しを得た。今後、RIMSを適用した本方式の成立性を評価するため、原子個数の移行率に対する検討を進めていく。
(2) ナトリウムエアロゾルの蒸気化法及びレーザ共鳴イオン化法に関する基礎試験
漏えいナトリウムにより形成されたエアロゾルをRIMSで検出するためには、エアロゾルをナトリウム原子に分解した後、ナトリウム原子をレーザ共鳴イオン化する必要がある。この2つのプロセスについて基礎データを取得した。
漏えい時に形成されるナトリウムエアロゾルは、Na2O、Na2O2、NaOH等の分子構造をもち、これらを単原子に解離するためには、10,000K以上の温度が必要と考えられる。このため、試料を数万Kまで高温化できるレーザアブレーション法を採用することとし、その蒸発特性に関する基礎データを取得した。レーザアブレーションにより放出される蒸気の拡散速度分布は、下式に示す並進速度を有するマックスウェルボルツマン分布[4]に従うと考えられる。 ここで、m は原子質量(kg),kB はボルツマン定数(J/K), T は温度(K),v は速度(m/s),vo は並進速度(m/s)である。 チタン試料に対して、Nd:YAGレーザの第2高調波 (波長;532nm,スポット面積;1.2×10-2cm2)を照射した際、生成される蒸気の拡散速度分布を測定した結果を図5に示す。測定値とともに(1)式でフィッティングした結果も併せて図5に示したが、T =3000(K),v0=250(m/s)の速度分布と良く一致していることが分かる。一方、レーザアブレーションによる蒸気方向分布はcosnθに従うと考えられている[4]。Nd:YAGレーザの第3高調波(波長;355nm、スポット面積;3.1×10-6cm2)をアルミニウム試料に照射した際に生成される蒸気を観測した結果から、蒸気方向分布はn=20の余弦分布と良く一致することが分かった。
レーザ共鳴イオン化法については、2種類のイオン化スキームに対して特性を評価した。対象としたスキームを図6に示す。①は、基底準位から励起準位まで2光子共鳴励起により励起し、さらに同波長の光子により励起準位からイオン化するスキームである。②は、基底準位から1光子共鳴励起によりRydberg準位まで励起した後、外部よりパルス電場を印加してイオン化するスキームである。Na2O試料をレーザアブレーションにより原子化し、上記のスキームについて、ナトリウムイオン収量に対する共鳴イオン化用レーザの飽和エネルギー密度を測定した結果、①で約4J/cm2、②で約0.1J/cm2であった。これらから、同じレーザ出力の場合、②の方が①より多くのナトリウム原子をイオン化できることが分かった。また、②のスキームについて、ナトリウムイオン収量の電場強度依存性を測定した結果を図7に示す。この結果から、Rydberg準位 (10p 2Po1/2,11p 2Po1/2)からのイオン化には約5 kV/cmの電場強度が必要なことが分かった。
上記の結果は、試験装置の設計に反映した。
漏えいナトリウムにより形成されたエアロゾルをRIMSで検出するためには、エアロゾルをナトリウム原子に分解した後、ナトリウム原子をレーザ共鳴イオン化する必要がある。この2つのプロセスについて基礎データを取得した。
漏えい時に形成されるナトリウムエアロゾルは、Na2O、Na2O2、NaOH等の分子構造をもち、これらを単原子に解離するためには、10,000K以上の温度が必要と考えられる。このため、試料を数万Kまで高温化できるレーザアブレーション法を採用することとし、その蒸発特性に関する基礎データを取得した。レーザアブレーションにより放出される蒸気の拡散速度分布は、下式に示す並進速度を有するマックスウェルボルツマン分布[4]に従うと考えられる。 ここで、m は原子質量(kg),kB はボルツマン定数(J/K), T は温度(K),v は速度(m/s),vo は並進速度(m/s)である。 チタン試料に対して、Nd:YAGレーザの第2高調波 (波長;532nm,スポット面積;1.2×10-2cm2)を照射した際、生成される蒸気の拡散速度分布を測定した結果を図5に示す。測定値とともに(1)式でフィッティングした結果も併せて図5に示したが、T =3000(K),v0=250(m/s)の速度分布と良く一致していることが分かる。一方、レーザアブレーションによる蒸気方向分布はcosnθに従うと考えられている[4]。Nd:YAGレーザの第3高調波(波長;355nm、スポット面積;3.1×10-6cm2)をアルミニウム試料に照射した際に生成される蒸気を観測した結果から、蒸気方向分布はn=20の余弦分布と良く一致することが分かった。
レーザ共鳴イオン化法については、2種類のイオン化スキームに対して特性を評価した。対象としたスキームを図6に示す。①は、基底準位から励起準位まで2光子共鳴励起により励起し、さらに同波長の光子により励起準位からイオン化するスキームである。②は、基底準位から1光子共鳴励起によりRydberg準位まで励起した後、外部よりパルス電場を印加してイオン化するスキームである。Na2O試料をレーザアブレーションにより原子化し、上記のスキームについて、ナトリウムイオン収量に対する共鳴イオン化用レーザの飽和エネルギー密度を測定した結果、①で約4J/cm2、②で約0.1J/cm2であった。これらから、同じレーザ出力の場合、②の方が①より多くのナトリウム原子をイオン化できることが分かった。また、②のスキームについて、ナトリウムイオン収量の電場強度依存性を測定した結果を図7に示す。この結果から、Rydberg準位 (10p 2Po1/2,11p 2Po1/2)からのイオン化には約5 kV/cmの電場強度が必要なことが分かった。
上記の結果は、試験装置の設計に反映した。
3.今後の展望
現在、製作したナトリウム漏えい検知試験装置の試験調整を実施している。平成19年度から平成20年度にかけて、本装置を用いて天然ナトリウム(23Na)の測定を実施し、装置の性能確認と検出条件の最適化を行った後、平成21年度に「常陽」の1次冷却系ナトリウムを用いた試験により、放射化ナトリウム(22Na)の検出性能を評価する予定である。なお、実機プラントでは22Na、24Naの両方を検出対象とするが、「常陽」の1次冷却系ナトリウムを用いた試験は、原子炉停止中にサンプリングした試料を用いるため、半減期の長い22Naのみを検出対象する。4.参考文献
[1]レーザ誘起ブレークダウン分光法を用いたナトリウムエアロゾル検知に関する研究、サイクル機構技報 No.18 2003.3 大高、林田
[2]H. Harano, C. Ito, K. Watanabe, and T. Iguchi, "Development of a RIMS-based FFDL system at the experimental fast reactor JOYO," International Journal of Applied Electromagnetics and Mechanics, Vol. 14, p.307(2001/2002).
[3]J. Wegrzyn, and D. T. Shaw, “Experimental Investigation of Aerosol Behavior In A Post-LMFBR Accident Reactor Containment Atmosphere,” NUREG/CR-0799, U. S. Nuclear Regulatory Commission(1979).
[4]R. P. van Ingen, “Detection of electric-field-ionized Rydberg atoms originating from laser ablation of Si,” J. Appl. Phys., 79 (1), p.467(1996).