原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集
再処理システムに向けた核分裂生成物の高効率分離・分析法の開発
(研究代表者)吉村 崇 大学院理学研究科 助教
1.研究開発の背景とねらい
使用済み核燃料には、多数の元素が共存する。燃料の再処理、廃棄物処理は、多段階に及ぶ分離過程を経て行われる。これらの分離過程をモニターする手法および再処理された核燃料を分析する手段の基礎開発を目的として、本事業では、マイナーアクチノイドおよび核分裂生成物を極少量の試料で分離分析する手段を開発する。本研究開発ではキャピラリー電気泳動法を採用し、その分離された元素を放射線検出するシステムの構築を目指す。さらに、分離挙動をより詳しく理解することを目的として、ランタニドを対象に錯安定度定数、分離挙動および物質の分子構造パラメータとの相関を導出し、アメリシウム、キュリウムの錯安定度定数、金属−配位子間結合距離を得る手法を考案した。
2.研究開発成果
図1. プロメチウム(Pm)、アメリシウム(Am)、キュリウム(Cm)、およびサマリウム(Sm)の溶離曲線
図2. Pm, Am, Sm, Eu,およびGdの8配位イオン半径の逆数に対する移動度の変化(○:実測値)
図3. 各ランタニドおよびイットリウムの八配位のイオン半径とLn-O結合距離の和の関係
2.1 キャピラリー電気泳動によるランタニド、アメリシウム、キュリウムおよびカリフォルニウム分離
電気泳動は内径100 μm,全長60 cmのキャピラリーに, α-hydroxyisobutyric acid(HIBA)を含んだ酢酸溶液を泳動媒質として充填し,落差法(10 cm, 10 s)により試料を導入した後,30 kVの電圧を印加して行った。電気泳動された試料をキャピラリーの陰極側に接続された分取装置により一定時間ごとに分取し,αもしくは γスペクトロメトリーにより定量した。アクチノイドはアメリシウム、キュリウム、カリフォルニウムの順で溶出した。種々の内径の異なるキャピラリーを用いた結果、内径0.1 mmのキャピラリーを用いた場合が、一番効果的にアメリシウムとキュリウムを分離でき、その時間は5分程度であった。次にランタニドとアクチニドを混合した試料で電気泳動を行うと、図1に示すようにアメリシウムとキュリウムはプロメチウムとサマリウムの間に溶出した。この結果、ランタニド,アクチニドは8配位のイオン半径の順で溶出されていることが分かった。
ランタニドについては、今回の実験条件で存在すると考えられる溶液中の各化学種の存在比を錯安定度定数から計算し、キャピラリー電気泳動における移動度を計算した。この手法は、1984年に広川らが、HIBAとランタノイドを等速電気泳動における移動度を出した手法に倣った(文献1)。また、それぞれの錯安定度定数も文献1に記されている値を用いた。その結果、図2に示すように、移動度はシミュレーションで説明可能であることが分かった。これらのデータを元にキュリウムの8配位のイオン半径を導出する手法ならびにアメリシウムおよびキュリウムとα-hydroxyisobutyrate (HIB−)との錯安定度定数を導出する手法を考案した。
2.2 ランタニドHIBA化合物の合成とアメリシウム、キュリウムにおける金属―配位子間結合距離の導出
金属イオンと配位子との結合距離等の情報は、化学分離等の化学的性質を知る上で重要である。そこで、今回HIB−をもつ+3価のランタノイドの分子構造の情報を得ることで、その情報と溶液中の分離挙動との間の相関を導出し、さらにこの関係から+3価アクチノイドの金属―配位子間結合距離を推定する手法を考案した。そのために、プロメチウムを除くランタニド13種(Ln = Ce, Pr, Nd, Sm, Eu, Gd, Tb, Dy, Ho, Er, Tm, Yb, Lu)およびイットリウムで、HIB−を含む化合物を合成し、分子構造を単結晶X線分析により特定した。各錯体は、各金属イオンの塩に大過剰のHIBAを混合し溶液のpHを調整することによって得られた。セリウムからテルビウムまでのイオンでは[Ln(HIB)3(H2O)]ユニットからなる1次元ポリマー構造、テルビウムからルテチウムおよびイットリウムではH[Ln(HIB)4]が得られた。合成法はほぼ同一にも関わらず得られる化合物の構造が異なるのは、ランタニドの後半に位置する元素が、より強く配位子を引きつけるためである。HIB−は、ヒドロキシル基とカルボキシル基でキレート配位し、全ての化合物で8配位構造であった。図3に8配位のイオン半径、各ランタニドでの8つのLn.O結合距離の和をプロットしたものを示す。Ln.O結合距離の和は原子番号とともに徐々に小さくなり、8配位のイオン半径と非常に良い1次の相関を持つ。なお、イットリウムはこの相関から外れる。HIB−を錯形成剤に用いた場合、キャピラリー電気泳動での分離挙動はイオン半径に対しておおよそ1次の相関が見られ、Ln.O結合距離との間にも1次の相関を導出できることが分かった。また、ランタニドとHIB-との錯安定度定数logβ3と[Ln(HIB)3(H2O)]錯体でのLn.O結合距離の和の間にも1次の相関が見られることが分かった。さらに、電気泳動の移動度のデータを基にHIB−が結合したアメリシウムやキュリウム化合物のAn.O結合距離を見積もった。
2.3 オンラインシステム開発
放射線計測装置として、液体シンチレーションカウンタによるα線の測定に着目し、そのオンラインシステム基礎開発のためのシンチレータ内の含水率等の溶液条件を調べた。また、市販のシンチレーションカウンタのセル室に試料溶液を流しながら放射線測定を行った。その結果、この手法により放射線計測することが充分可能であることが分かった。
3.今後の展望
+3価ランタノイドおよびアクチノイドの分離効率をさらに高めるために、分離溶液条件について検討を行っている。これらの条件を元に、ウラン共存下での+3価ランタノイドおよびアクチノイドの分離挙動を調べたいと考えている。
4.参考文献
1)T. Hirokawa, N. Aoki, Y. Kiso, J. Chromatogr., 312, p11-29 (1984).