原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集
き裂サイジングに向けた先進電磁超音波探傷に関する研究
(研究代表者)大塚裕介 大学院工学研究科 助教
1.研究開発の背景とねらい
本事業では、プラントの安全性及び経済性向上に不可欠である高速炉機器の運転時信頼性確保のため、高温環境下における実用化高速炉保全技術のベースとなる高周波対応電磁超音波素子の技術開発を行う。そのための技術課題は、電磁超音波素子の高周波化、高出力化、き裂検出性、サイジング精度向上などである。これらの技術課題を解決するために、プラズマプロセスによる薄膜生成とレーザー加工による「薄膜型電磁超音波素子の開発」によって、薄膜型電磁超音波素子の検査周波数限界を5MHz程度までにブレイクスルーさせる。また、薄膜型電磁超音波素子を用いた「高周波探傷による高精度き裂検出」によって、高精度のき裂検出に向けた性能向上を目標としている。
2.研究開発成果
2.1 薄膜型電磁超音波素子の開発
薄膜型電磁超音波素子の特徴は、素子全体がコイル系からなり、特に磁石部分に該当するコイルが、プラズマプロセスによる薄膜生成とレーザー加工で製作される点にある。これによって、既存電磁超音波探触子の磁石構造ゆえの出力限界をブレイクスルーし、薄膜への微細回路パターン加工による高周波・高精度のき裂検出をめざしている。
薄膜型電磁超音波素子は、導電性薄膜と絶縁性薄膜をマグネトロンスパッタリング法によって成膜される。ここで、絶縁性薄膜には熱伝導性の高い窒化アルミ、導電性薄膜には電気伝導率が高い銅と、高融点材料であるタングステンを採用した。十分な膜厚と密着性の高い薄膜を成膜した後、レーザー加工による回路パターンを製作することで薄膜型電磁超音波素子を用いて超音波発生が初めて可能となる。
成膜結果の一例を示す。図1は全圧を一定として、窒素とアルゴンの混合率を変化させ成膜した窒化アルミのFTIRスペクトルを示している。窒化アルミのFTIRスペクトルにはA1(TO)とE1(TO)という2つのフォノンモードがある。また、窒化アルミはc軸優先配向の結晶であるから、E1(TO)モードにおいてシャープなピークを持つFTIRスペクトルが理想的であるといえる。図1において、2つのフォノンモードに着目すると、窒素混合率が100%のときはフォノンモードが混在しており、ブロードなスペクトルとなった。一方、窒素混合率が100%から減少するにつれて、E1(TO)モードのピークが次第に大きくなり結晶化が進んでいる様子が見うけられた。成膜後、膜厚を触針式膜厚計で測定し、内部応力による基板の変位を求めた。図2に示すように、マグネトロンスパッタ源のターゲット材料にアルミニウムを用いて、アルゴン・窒素雰囲気中で窒化アルミを成膜すると引っ張り応力が発生した。引っ張り応力が大きい場合、薄膜が基板から剥離してしまうケースも存在した。
図1 窒素混合率に対するFTIRスペクトル
図2 入力パワーと基板変位の関係
まとめると、基板への導電性薄膜と絶縁性薄膜の成膜を実施した。その結果、薄膜型電磁超音波素子に適した電気伝導率をもつ薄膜成膜条件の知見を得た。密着性については内部応力の緩和対策を講じることで対応し、さらに薄膜型電磁超音波素子の開発を進めていく。
2.2 超音波き裂検出性能評価
薄膜構造をモデル化し、有限要素解析により導電層の温度上昇を見積もった。薄膜構造は6層構造となっており、下から順に絶縁層と導電層が交互に並び、最上部に基板を想定している。境界条件として、300Kの一様な雰囲気中に置かれており、周辺環境温度は通電による発熱に関わらず一定であるとした。図3は、印加電圧を変えた時の導電層に流れる電流量に対する温度を示している。導電層の厚さを一定とした場合、印加電圧を上げると流れる電流量が増加し温度も上昇する。導電層の厚さを5μmから20μmまで変化させた場合では、温度上昇の抑制と、印加すべき電圧を低電圧できる結果を得た。
電磁超音波素子の指向性を高め探傷能力を向上させるために、形状や寸法について検討を行った。図4に周波数3MHzにおける指向性分布の一例を示す。薄膜に製作する回路パターンの線幅を一定に保つ対称性電磁超音波素子の場合、寸法の大きさとともに指向性低下と信号強度の飽和が生じた。その一方、線幅を探傷方向に対して徐々に短くした非対称性構造をもつ電磁超音波素子では、寸法に応じて信号強度は増加し、指向性も良好であるという結果を得ることができた。
まとめると、同じ電流量でも導電層の厚みに応じて温度上昇を低く抑えられるという成果が得られた。これにより、薄膜型電磁超音波素子の開発で必要な膜厚の要求値が得られた。また、素子の形状寸法検討による超音波収束向上の成果は、き裂探傷に対する高精度き裂検出につながる。
3.今後の展望
薄膜型電磁超音波素子の原型が出来上がりつつある。今後は、薄膜構造の多層化を行うことで電磁超音波素子の高出力化に挑戦し、高周波探傷によるき裂検出性能評価を行う計画である。
図3 電流と温度の関係
図4 超音波の指向性分布