原子力システム研究開発事業

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成果報告会開催

原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集

放射性廃棄物エネルギー有効利用のための新技術開発

(受託者)国立大学法人名古屋大学
(研究代表者)吉田朋子 大学院工学研究科 准教授

1.研究開発の背景とねらい

 地球温暖化と公害の観点から見れば原子力が最も優れたエネルギー源であることに疑いの余地はない.しかし,これまでに原子力の平和利用をためらわせている大きな原因であった放射性廃棄物の問題が解決されたわけではなく,原子力発電所の増設は,放射性廃棄物の増大をもたらし,問題を増幅する懸念すらある.日本においても廃棄物を文字通り廃棄(処理処分)することを前提として,放射性廃棄物の研究には多大な精力とお金がつぎ込まれているが,最終処分地を決めることは出来ていないし,廃棄物の保管にすら国民が懸念を示しているのも事実である.このような放射性廃棄物の有効利用,すなわち放射性廃棄物の持つ低密度放射線エネルギーを,地球環境問題を低減化する様々な技術に有効に利用できれば,放射線ひいては原子力利用の社会的受容性を高めるに極めて有効であろう.
 本研究開発では,高速炉使用済燃料中に多く含まれる高レベル放射性廃棄物の持つエネルギーを有効利用するため,放射線―固体相互作用(コンプトン・光電効果等)によって放射線を化学反応に適した数十eV以下の多数の光子・電子へ変換する技術開発を実施することを目的とする.具体的には,放射線を固体材料に照射し,その固体材料の種類及び幾何学的構造の制御によって発生する光子・電子の数及びエネルギーを最適化し,水の分解反応等の化学反応の促進を図ることを目的とする.

2.研究開発成果

 γ線を照射した場合に固体材料から放出される電子・光子の数とエネルギー分布を計算するために,MCNPコードを用いたシミュレーションを行った.同じ形状で構成元素のみ異なる板状金属を対象に発生する電子・光子の数やエネルギー分布を計算した結果,発生する電子・光子の数は構成元素の種類によって変わることが示された.また,電子のエネルギー分布も構成元素の種類によって変化することを見出した.更に,板状金属から外部へ放出する電子・光子の数にはγ線の入射方向依存性があることが見出され,入射方向と同じ方向に放出する電子・光子の方が,逆方向へ放出する電子・光子よりも多い事が示唆された.板状金属の厚さ(体積)を変えて計算を行うと,放出電子数はある一定の厚さまでは増加し,それ以上の厚さでは減少することが分かり,放出光子数は板状金属の体積の増加に対してほぼ比例して増加することが示唆された.これらの理論計算を以下に示す化学反応実験と詳細に比較した結果,γ線照射によって発生する光子よりも電子の方が化学反応促進を促していることが明らかとなった.
 次に金属板2枚にγ線照射し,金属板の体積(厚さ)や金属板同士の間隔を変えた場合について発生電子数や吸収エネルギー計算し,計算結果を比較した.金属板同士の間隔を固定し金属板の厚さを変化させて計算を行うと,厚さが0.2-0.3mm程度まで厚くなるほど放出電子数は増加し,それ以上厚くなると徐々に電子数は減少すること,金属板の厚さが薄い時には原子番号の大きな金属板の方が電子発生数が多いことが示された.金属板に挟まれた水領域の吸収エネルギーも水領域での発生電子数の変化とよく対応していることも明らかとなった.
 金属板の厚さを固定し,板同士の間隔を変化させた時の電子発生密度の変化を調べると,この場合も水の吸収エネルギーの変化は,水領域での発生電子数の変化とよく対応していた.即ち,金属板の間隔が狭くなるほど,電子発生密度と水単位体積当たりの吸収エネルギーは増加することが見出された.これらの結果から1枚の金属板から発生した電子が,隣り合う金属板と相互作用し,更に低エネルギーの電子を発生させることが考えられる.以上のように,MCNPコードを利用した理論計算を行う事によって,電子発生密度や水の吸収エネルギーを増加させる上で有利な固体材料形状や配置が明らかとなり,実験に用いる固体材料を選択する上での重要な指針が得られた.

図1
図1 金属板厚さや間隔に対する水素発生量の変化

 理論計算によって得られた知見に基づいて水の分解実験を行った.ステンレス容器に蒸留水100mlと厚さ(t)の異なるステンレス板(1枚当たりのステンレス板:100×26×t mm,t=0.1〜0.5)を等間隔に並べて入れ,この反応容器内のガスを十分排気した後に,5.8kGyγ線照射を行った.水単位体積あたりの水素生成量をステンレス板同士の間隔に対してプロットした結果が図1である.間隔が0.5mmまでは,水単位体積あたりの水素生成量は常に厚さ0.2mmのステンレス板を用いたものが高く,金属板で挟まれた水領域の電子密度と吸収エネルギーが,適当な厚さの金属板に対して最大になるという理論計算の結果と対応している.更に,水単位体積あたりの水素生成量は,ステンレス板同士の間隔が狭くなるに従って著しく増加していることが分かった.このように,理論計算の結果を考慮しながら水の中に入れる固体材料の形状や配置を変える事によって実際に水の分解反応を促進させる事に成功した.
 一方,2枚の板で挟まれた水に対してγ線照射した時に,水に吸収されるエネルギーの空間分布を計算した結果,板に近い領域ほど水の吸収エネルギーが高いことが明らかとなった.この結果は,水の分解反応は主に板の近傍で起こっていることを示唆し,ステンレス板同士の間隔が狭くなるに従って水素発生量が増加するという上記実験結果とも対応していた.また2枚の板で挟まれた水を1セットとし,このセット数を変えながらγ線照射した時に水に吸収されるエネルギーを計算した結果,薄い板であってもセット数を増やすことによって,水領域全体へのエネルギーが増加することが分かった.板が薄い場合には,発生した電子が隣接する板を通過し,板や水と相互作用する頻度が高まるので,より多くの低エネルギー電子を発生すると推測される.この計算結果に基づいて,ステンレス製容器に平均粒子径が数μmのTiO2粉末を入れγ線照射による分解実験を行ったところ,水単位体積当たりから発生した水素の量は,水のみにγ線照射した時に発生する水素量の70倍以上となり,飛躍的な水素発生効率の向上が認められた.
 上記理論計算と水の分解実験において得られた知見に基づいて,放射線―固体相互作用を利用した二酸化炭素の分解実験を実施した.実験では,ステンレス製容器に二酸化炭素ガスと各種金属板(Fe, Ni, Mo, Pb)または吸着剤としてのMolecular Sieve 4A を入れてγ線照射し,一酸化炭素生成量を比較した.二酸化炭素のみに照射した場合よりも,金属板を入れた方が一酸化炭素生成量が増加し,また金属板の原子番号が大きいほど生成量が増加する傾向が認められた.即ち,二酸化炭素のような安定な気体分子であっても,γ線―固体相互作用によるエネルギー変換を行えば,効率的な分解が可能であることを確認した.一方,吸着剤を用いて二酸化炭素の分解実験を行った場合には,一酸化炭素の生成は認められなかった.吸着による二酸化炭素分子の安定化や固体表面による触媒的な再結合促進がこの原因として考えられ,分解反応は固体表面近傍で起こっていると考えられるが,固体表面への反応分子の吸着は,必ずしも効率的な分解を促さないことも明らかとなった.
 一方,放射線―固体相互作用を利用した水溶液中有害有機化合物の分解も試みた.環境ホルモンの一つであるフタル酸を対象に,実際の環境水溶液中に拡散した濃度(20ppm程度)に合わせてγ線照射による分解実験を行った.この結果,環境ホルモンの毒性発現部と考えられるベンゼン環が本手法で速やかに分解され無害化されることが分かり,大きな分子であっても分解が可能であることを見出した.しかし,水溶液中に原子番号の高い材料を入れると分解効率は向上するもののγ線を照射すると殆ど全ての固体材料から金属イオンが水溶液中に溶出し,有機化合物と安定な錯体を形成するという問題点も見出された.

3.今後の展望

 以上,本研究においては,放射線と固体相互作用を利用したエネルギー変換を行えば小さな安定分子から大きな分子まで,あらゆる分子を対象とした分解反応が可能であることや,効率的なエネルギー変換を行うための固体材料設計に関する根本的な指針・概念を理論・実験の双方の観点から示すことができた.これまで,放射線励起固体表面の利用やこれに関する研究の多くが,光触媒化学の概念に基づいていたが,異なる視点での(高エネルギー放射線を利用するからこその)材料設計・開発が望まれる.今後,放射線と固体相互作用を応用した様々な化学反応システムが実現され,工学・医学・薬学などのあらゆる分野に応用されることが期待される.


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