原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集
鉛ビスマス冷却型高速炉における耐食性皮膜付着力の試験技術開発
(研究代表者)佐藤 学 大学院工学研究科 助教
1.研究開発の背景とねらい
鉛ビスマス冷却型高速炉は鉛ビスマスが核的特性に優れており、実績のあるナトリウム冷却型高速炉と同様に優れた炉心性能を持つ。またナトリウム−水反応のような激しい反応を生じない化学的不活性であることから、より優れた革新的原子力システムとして概念が想定される。しかし構造材料である鉄鋼材料の主要構成元素の鉛ビスマスへの溶解度が大きいため、酸素濃度の適切な制御により構造材料表面に熱力学的に安定な保護皮膜を形成させるなどの防食技術開発とその検査技術開発が鉛ビスマス冷却型高速炉の基礎的課題のひとつであり解決が必要である。高クロム濃度のマルテンサイト鋼や酸化物分散強化鋼では薄い酸化皮膜が形成され耐食性皮膜となる見通しがあり耐食性皮膜の被覆技術開発も進められつつある。皮膜自身の耐食性という機能評価と同様に皮膜の剥離は腐食の急激な進行を引き起こすので剥離の評価も重要である。皮膜と基板材料からなる材料システムとしての寿命評価あるいは信頼性評価という点から、皮膜付着力の検査技術の開発は重要であると考える。
炉の稼働中と同じ高温下で皮膜の付着力を測定するため、本技術開発ではレーザー衝撃法による付着力測定技術を発展させ高温鉛ビスマス中で測定できる試験技術の開発を行い、耐食技術の向上に有用な知見を得ることによって鉛ビスマス冷却型高速炉システムの実現に貢献することをねらいとする。
2.研究開発成果
図1 表面変位速度測定による界面での応力評価:マグネタイト皮膜の厚さ依存性
構造材料の耐食保護皮膜の健全性・密着性を検査評価するため、鉛ビスマスに接する環境下で、耐食保護皮膜の付着力の評価が行えるレーザー衝撃式の新しい試験技術の開発を以下の4つの項目について進めている。(1)衝撃波による皮膜界面の応力評価、(2)レーザー衝撃試験装置の設計・作製、(3)液体金属中での表面変位速度の測定、(4)液体金属に面する皮膜の付着力の測定及び付着力評価試験技術の検討、以上により本測定技術の有効性を確認する計画である。
(1)衝撃波による皮膜界面の応力評価:衝撃による皮膜の付着強度測定技術はこれまでに確立されている(Gupta et al., J.Mech.Phys.Solids, 40 (1992))。レーザー照射により生じる熱膨張に伴う圧縮の衝撃波が試料表面自由端で反射し引張の応力波として界面に作用し皮膜が剥離することを利用するものである。界面に負荷される応力σは式(A)で表される。
図2 皮膜の付着力測定液体金属用試験部
図3 モデル皮膜のX線回折による同定
(ここで、hは皮膜の厚さ、cfは皮膜の弾性定数、σは皮膜の密度、V0は表面変位速度)
(2)レーザー衝撃試験装置の設計・作製:本事業のレーザー衝撃試験装置を用いた典型的な変位速度プロファイルから、式(A)により界面に負荷される応力を試算した例を図1に示す。皮膜の厚さに依存して最大引張応力が変化する。鉛ビスマス流動ループ中で数千時間の浸漬試験の最近報告によると約10μm程度の酸化物層が観察されている(Kikuchi et al., J.Nucl.Mater., 377 (2008))。このような酸化皮膜に対して250MPa程度の応力が負荷される条件になることを示した。
(3)液体金属中での表面変位速度の測定:液体金属に面する試験片での測定実験に用いる液体金属用ポット型チャンバーを図2に示すように作製し、チャンバー内で溶融金属が測定試料に接する条件でのレーザー衝撃が可能な光学系を構築した。
レーザー衝撃による変位速度測定は圧電素子を用いる方法とレーザー干渉計を用いる方法との相関を導出することによる液体金属中での変位測定の見通しを得た。
(4)液体金属に面する皮膜の付着力の測定及び付着力評価試験技術の検討:高温酸化によりモデル皮膜を作製し付着力評価試験を行った。700℃で形成された皮膜は鉄鋼材料における保護皮膜であるマグネタイトであることをX線回折法により確認し(図3)、従来法のスクラッチ試験法でのせん断方向の付着強度は約150MPaと評価された。このような条件で形成した皮膜の付着強度は鉄鋼材料における降伏応力と同程度以下であるので剥離に対する考慮が必要であると考えられる。
3.今後の展望
保護皮膜と基材との界面に負荷される応力についてレーザー照射パラメータを系統的に変化させ、鉛ビスマスに接する皮膜の測定が可能な手法として確立させ、有用な知見が得られるように進めたいと考える。
機能性皮膜(耐食性、耐熱性、絶縁性、耐摩耗性など)とともに利用される構造材料については材料システムの信頼性という観点から皮膜の耐剥離性能が重要であると考えられる。皮膜に接することなく応力を負荷できる特徴的な本手法の適用範囲を広げて行きたいと考える。