原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集
冷却材中のトリチウム挙動及びその濃度制御に関する研究開発
(研究代表者)中村博文 核融合研究開発部門 研究副主幹
1.研究開発の背景とねらい
2次冷却系に超臨界炭酸ガスを用いるナトリウム冷却型高速増殖炉(SCCO2-FBR)は、従来の水冷却型高速増殖炉に対し、ナトリウムとの反応性の低さと超臨界炭酸ガスタービンの持つ高い熱効率から安全性・経済性に優れた原子炉となる可能性を有している。しかし、熱交換機運転温度の上昇に伴う熱交換器細管から炭酸ガス冷却系へのトリチウム透過量の増加と、透過したトリチウムと炭酸ガスとの自己放射化学反応によるトリチウム化炭素(有機)化合物生成の可能性がある。本事業では、これらを防止するために@熱交換器からのトリチウム透過の抑制と、A透過したトリチウムの炭酸ガスからの除去による超臨界炭酸ガス冷却材中トリチウム濃度制御技術の開発を目的とした研究開発を実施している。透過抑制に関しては、トリチウム透過防止膜の超臨界炭酸ガス環境下での適用性確証試験を行うとともに、トリチウム除去に関しては、炭酸ガス中トリチウム存在化学形態評価による除去法最適化の検討を実施している。
2.研究開発成果
2.1 透過防止膜の適用性に関する研究
透過防止膜のSCCO2-FBRへの適用性を検証するためにSCCO2-FBRの熱交換器の有力候補材である耐熱鋼材12Cr鋼(火SUSF410J3) 製の2種の試験体 (共存性試験体及び透過試験体)を製作した。共存性試験体は円板状試験体(直径10mm、厚さ2mm)の片側表面に原子力機構で開発したトリチウム透過防止膜(二酸化珪素、酸化クロムを主成分とするガラス系皮膜、トーカロ社製MS-ZACコーティング)を50μmの厚さで施工したものであり、透過試験体は、円管状試験体(直径10mm、長さ300mm)の単管の片面を同一母材で端栓、反対面にVCR継ぎ手加工し、その外側表面に透過防止膜を50μmの厚さで施工したものである。
図1 2ヶ月浸漬後の透過防止膜のSEM/EPMA分析結果
2.1.1 透過防止膜-超臨界炭酸ガス共存性試験
平成18年度に製作した超臨界炭酸ガス浸漬装置により、製作した共存性試験体を、SCCO2-FBRにおける超臨界炭酸ガス環境下(500℃以上、12.5MPa以上)で2週間及び2ヶ月間の浸漬を実施した。浸漬前後の試験体を原子力機構が保有するSEM/EPMA、XPS、XRDを用いて分析し、浸漬による透過防止膜の膜厚変化(SEM)、表面での化学反応物質の生成(XPS、SEM/EPMA)、透過防止膜の構造の変化(XRD)の有無を調べ、平成18年度に実施した1週間浸漬の結果とともにSCCO2浸漬の皮膜性状への影響を調べた。
その結果の一例として、SEM/EPMAで測定した2ヶ月浸漬後の試験体の断面SEM写真とEPMAで測定した元素分布を図1に示す。この結果から、2ヶ月間の長期にわたる浸漬においても透過防止膜には、構成元素の偏析、炭素の侵入等は認められなかった。その他の分析においても、2ヶ月間の浸漬後も結晶構造(XRD)、表面の化学結合状態等(XPS)に顕著な変化は認められなかった。以上の結果から、共存性試験においては、透過防止膜の超臨界炭酸ガス環境下における長期間の健全性が確認できた。
図2 重水素の定常透過量の試験体温度依存性
2.1.2 重水素透過抑制性能確証試験
透過試験体をSCCO2-FBRにおける超臨界炭酸ガス環境下(500℃以上、12.5MPa以上)で1週間、2週間及び2ヶ月間浸漬した。浸漬した試験体及び非浸漬の試験体に対する重水素透過試験を温度:最高約830K、重水素圧力:最大約0.1MPaで実施し、平成18年度に取得した透過膜非施工の12Cr鋼透過試験体での重水素透過試験の結果と比較することにより、透過防止膜の透過抑制効果と透過抑制効果に対するSCCO2浸漬の影響を調べた。その結果の一例として、浸漬前後の透過防止膜施工試験体からの定常状態における重水素透過量の温度依存性の測定結果を図2に示す。なお、本図には平成18年度に測定した12Cr鋼母材中の重水素透過挙動も比較のために載せている。本結果より、SCCO2に非浸漬の透過防止膜中の重水素透過は、透過防止膜非施工の場合に比べ、SCCO2-FBRの熱交換機運転温度である約830Kで10分の1程度まで抑制されることを確認した。また、この透過抑制効果はいずれのSCCO2の浸漬期間 (1週間、2週間、2ヶ月間)に関わらず顕著な劣化は見られないことが確認された。しかしながら、550K近傍の低温領域での重水素透過は数分の1にしか抑制できないことが判明した。透過実験後に行った透過試験体表面の表面観察の結果、皮膜表面に亀裂の発生が確認された。応力解析により調査した結果、管状12Cr鋼の表面に施工した透過防止膜には12Cr鋼と透過防止膜の熱膨張差に起因する引張応力が作用していることが明らかとなり、これにより透過試験体に亀裂が発生したものと思われる。従って、低温領域での透過抑制機能の低下は、透過試験体表面観察で確認できた透過防止膜に発生している亀裂に起因するものと推測された。
2.2 トリチウム除去法の検討(炭酸ガス中トリチウム存在化学形態評価)
トリチウム-炭酸ガス自己放射化学反応試験(ホット試験)を、1:1の混合比(圧力0.1MPa)で約373K及び約573Kで実施した。試験の結果、573Kにおける反応試験ではトリチウム水、トリチウム化メタン及び一酸化炭素の発生が認められた。これは平成18年度に実施した軽水素-炭酸ガス反応では何の反応も生じなかったことと対照的であった。この結果から得られたトリチウムと炭酸ガスの分解の反応速度定数は、それぞれ2.4〜3%/日、2.4〜1.4%/日であり、トリチウム水とトリチウム化メタンの生成率はそれぞれ約1%/日及び0.3%/日であった。373Kにおける反応実験では、573Kの場合と同じ反応生成物の生成が認められ、その生成率もほぼ同じであった。この結果より、トリチウム-炭酸ガス自己放射化学反応には温度の影響がほとんど無い事を確認できた。本結果は、超臨界炭酸ガス環境での反応も本結果から予測可能であることを示唆するものである。
3.今後の展望
H18及びH19年度の研究により、熱交換機細管からのトリチウム透過は12Cr鋼中の透過と透過防止膜の効果により10分の1以下に低減可能なことが示唆された。より高い透過抑制効果と安定性を有する防止膜が望ましいため、次年度において改良型透過防止膜の開発を進める。一方、炭酸ガス中のトリチウム存在化学形評価のための追加実験(473Kでの反応実験、低トリチウム分圧下での反応実験)を行う。これらの結果を基に、SCCO2-FBRにおける冷却材中トリチウムの存在量・存在化学形を評価し、化学形に応じた冷却材からの有効なトリチウム除去法を提案することにより、本事業を完了させる予定である。