原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集
温度スイングクロマト分離法のための感温性ゲル抽出剤の開発
(研究代表者)竹下健二 資源化学研究所 准教授
(再委託先)独立行政法人日本原子力研究開発機構、国立大学法人神戸大学
1.研究開発の背景とねらい
Fig.1 温度スイング分離法のコンセプト
本研究では溶媒抽出の優れた分離機能を活かし、溶離剤使用量を極限的に削減できる合理的な分離技術として、「感温性ゲルを用いた温度スイングクロマト分離法」のMA/Ln(MA:マイナーアクチノイド、Ln:希土類元素)分離への適用を提案する。この分離法では、体積相転移現象と呼ばれる「ポリマーネットワークの立体配置(コンフォメーション)が温度によって大きく変化する感温性ゲル特有の現象」を利用し、ポリマーネットワーク上に導入した高機能配位子と目的金属イオンの錯形成能を温度によって制御することにより、目的金属イオンの抽出、分離、溶離を温度条件の操作だけで達成する。
Fig.1 に本概念のコンセプトを示す。感温性ゲルは温度変化によって膨潤・収縮する。このときのゲル構造の変化に伴って抽出機能部位の金属イオン配位能が変化し、この配位安定性の変化を利用して目的金属イオンを分離・回収する。膨潤状態(体積相転移温度より低温条件)で金属イオンの配位が安定性である場合、低温で高機能配位子と金属イオンが錯体を形成しゲル中に金属イオンが抽出され、昇温による体積相転移によって膨潤から収縮にポリマーネットワーク構造が変化すると、配位子の相互作用部位間の距離や化学的雰囲気(親疎水性)が変化して、錯体を維持できなくなり金属イオンが水相に放出される。反対に、収縮状態で金属イオンの配位が安定性である場合、ゲルを収縮から膨潤に変化させることで抽出機能部位の配位の安定性が低下し、金属イオンが放出される。本概念では、感温性ゲルの体積相転移現象を利用して、相互作用部位のコンフォメーションや親疎水性を変えることで錯形成能を制御することから、溶離剤使用量は大幅に抑制することが可能であり、溶離剤は金属が沈殿しない程度の微酸性水で十分である。
本研究では、温度スイングクロマト分離技術を用いたMA/Ln 分離プロセスの構築に取り組む。MA とはU、Pu を除いたアクチノイド群のことをいい、Am、Cm などのいくつかの元素は長半減期核種を含む。そのためにMA を含む使用済み燃料の放射毒性は長期間にわたり低減せず、天然ウランレベルに低減されるのに10 万年以上を要する。そこで、使用済み燃料の再処理においてU、Pu を回収した上で、更に99.9%のMA が分離・核変換(高速炉や専焼炉で短半減期核種に変換する技術)されれば、使用済み燃料の放射毒性は300 年程度で天然ウランレベルまで低減化できる。燃料サイクルの環境負荷低減の観点から重要な意味を持つMA は、高レベル廃棄物(HLW)から回収することになる。MA 分離は2工程からなり、第1工程ではFP からのMA+Ln 回収、第2工程ではMA/Ln 分離が行われる。本研究の開発対象は第2工程であり、この工程は3 価MA と希土類元素(Ln)の化学的性質が類似していることから難分離プロセスのひとつである。これまでにMA/Ln 分離法として溶媒抽出法の適用が検討されており、複数の窒素ドナーを含むN-donor 抽出剤(TPTZ、BTP、TPEN など)や硫黄ドナーを含むS-donor 抽出剤(Cyanex301、DTC など)が開発されている。本研究では研究代表者らが開発に取り組んできたポダンド型6座配位子TPEN を抽出機能部位とする感温性高分子ゲルを合成し、温度スイング分離法によるMA/Ln 分離について検討した。本研究の主要項目は以下の3項目であり、研究は平成18 年度より開始された。
(1) TPEN 構造を含むモノマー合成及び感温性モノマーの合成
(2) 多孔質ガラスへの感温性モノマーの塗布によるクロマト分離剤開発
(3) MA/Ln 分離プロセスの構築(プロセス計算、小型カラムによるクロマト分離試験)
2.研究開発成果
(1) TPEN 構造を含むモノマー合成及び感温性モノマーの合成
Fig.2 ピリジン環にプロペンオキシ基を導入したTPEN 誘導体(TPPEN)モノマーの合成
Fig.3 ピラジン基を導入したTPEN 誘導体モノマーの合成
ピリジン環にプロペンオキシ基を導入したTPEN 誘導体(TPPEN)モノマーはTPEN 導入の感温性ゲルを作るための基本物質である。Fig.2 に合成スキームを示す。2-メチル-4-ニトロピリジン-N-オキシド (1) と2-プロペン-1-オールとの反応によりエーテル化合物 (9) が収率90%で得られた。得られた9 を無水酢酸中、100 ℃で加熱することによりアセテート 10 が84%で得られ、10 を水酸化ナトリウムにより加水分解してアルコール とした後に塩化チオニルと反応させることによりクロロメチルピリジン誘導体 11 が収率71%で得られた。クロロメチルピリジン誘導体 11 とエチレンジアミンを、触媒量の塩化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム存在下に水酸化ナトリウム水溶液中で反応させた。室温で4 日間攪拌したところ、75%の収率でTPPEN (12) を得ることに成功した。相間移動触媒(塩化ヘキサデシルトリメチルアンモニウム)を用いることで収率は従来法の7 倍以上に増加した。従来、11 から12 の過程は合成収率が10%以下と低く、ゲル合成の実用化の大きな問題点であったが、相関移動触媒を用いることでその問題を完全に解決することができた(1)。
この成果はTPEN 構造を有する各種誘導体の合成を高収率で行うことを可能にした。その一例に高酸性溶液中でのMA 回収を目指したピラジン基を導入したTPEN 誘導体の合成がある。Fig.3 に合成経路と各工程の合成収率を示す。前駆体(ブテニルクロロメチルピラジン)合成まではまだ低収率ではあるが、それ以後のピラジン基を導入したTPEN 誘導体モノマー合成を高収率で達成できた。
Fig.4 分子結晶成長法によるゲルの塗布
Fig.5 Am/Eu 分離試験の操作フロー
(2) 多孔質ガラスへの感温性モノマーの塗布によるクロマト分離剤開発
TPEN 誘導体モノマーの合成が可能になったことから、これらのモノマーとNIPA(N-イソプロピルアクリルアミド)モノマーとの共重合によって感温性ゲルが合成できる。しかしながら、ゲルがソフトマテリアルであることからクロマト分離剤として用いるには硬い多孔質担体内にゲルを塗布する必要がある。当初、多孔質ガラスをモノマー溶液に直接浸漬して細孔内へのゲルの塗布を行ったが、Am/Eu 抽出試験において低温(2℃)、高温(45℃)の分離係数は3.7 と1.2 で(2)、TPEN 本来の分離係数(70〜100)に比べて大きく下回った。また、温度スイング操作を行い、膨潤・収縮試験を行ったが、膨潤時には多孔質ガラスがゲルの膨潤圧で破壊され、膨潤収縮操作を連続的に行うことができなかった。
そのために多孔質ガラスへの塗布法として「分子結晶成長法」を提案した。本法は、Fig.4に示すように、①モノマー溶液(TPEN 誘導体とNIPA の混合溶液)の多孔質ガラス細孔内への浸漬、②細孔内部でのモノマー結晶成長(不活性ガス雰囲気下)、③ラジカル重合によるモノマーの高分子ゲル化、④未反応成分・マイクロゲルの洗浄の4つの工程からなり、多孔質ガラスの細孔壁面に感温性ゲル(NIPA-TPEN 誘導体ゲル)を均質に塗布することができた。本法で合成された「感温性ゲルを塗布した多孔質ガラス」は温度スイング操作によってもゲルの膨潤圧による多孔質ガラスの破壊が起こらず、安定な温度スイングクロマト分離操作が可能である(3)。
平均細孔径400nm、細孔容量0.6mL/g、平均粒子径100μm の「貫通孔をもつ多孔質ガラス」に分子結晶成長法でNIPA-TPPEN ゲルを塗布したクロマト剤を合成した。このゲル塗布クロマト剤を用いてAm/Eu 分離試験を行った。試験の手順をFig.5に示した。所定量のクロマト剤を秤量した遠沈管に水相(1.0 M NH4NO3 溶液)を加え、pH の測定、振とう・遠心分離、酸の添加を繰り返してpH 予備調整を実施した。pH 予備調整後、遠心分離してpH予備調整用の水相を除去し、次いで実験温度を3℃あるいは45℃に調整し、実験用の水相(所定のpHに調製した241Am・152Eu トレーサー)を添加した。この試験バッチを90 分間振とう後、水相を採取してγ 線量を測定し、Am/Eu 分配比を算出した。
Fig.6 TPPEN-NIPA ゲル塗布クロマト剤のAm、Eu 抽出
Fig.7 クロマト剤のAm/Eu 分離係数
Fig.8 TPPEN-NIPA ゲルの耐放射線試験
Fig.6 にTPPEN-NIPAゲル塗布クロマト剤のAm、Eu 抽出試験結果を示す。Fig.6a には45℃におけるAm とEu の分配比を示す。Am 分配比がEu 分配比に比べて大きく、このクロマト剤でAm を分離回収することができる。高pH ほどAm 分配比が増加するが、Eu 分配比も同時に増加するために分離に最適なpH がある。Fig.6b には3℃と45℃におけるAm 分配比を示す。低pH では分配比の温度変化は小さいものの、pH>4 では45℃でのAm 分配比は3℃での分配比の10 倍大きく、温度スイング法によるAm の回収が可能である。これらの結果からAm/Eu 分離係数を求めた。結果をFig.7 に示す。45℃での分離係数は3℃での値より大きく、pH4.7 で最大28を得た。本来TPEN誘導体の溶媒抽出における分離係数は70〜100 であり(4)、TPEN 誘導体をゲル中に化学固定しているにもかかわらず分離係数があまり低下しない高性能クロマト剤の合成に成功した。
実プロセスでは、MA の放射線によるTPEN 誘導体の分解を考慮する必要がある。そこでAm・Eu 分離へのγ線照射の影響を調べた。Fig.8 には試験結果を示す。150kGy までのγ線照射ではAm 分配比は増加し、それ以上照射すると減少に転じた。150kGy のγ線照射量までは15 以上の高い分離係数が維持できた。実プロセスでは年間照射量は100kGy 程度と推定され、これらの結果からTPPEN-NIPA ゲルがMA 分離プロセスに使用可能であると結論できる。
(3) MA/Ln 分離プロセスの構築
「分子結晶成長法」で合成したTPPEN-NIPA ゲル塗布クロマト剤(平均粒子径50μm)を充填したクロマトカラムを用いたAm/Eu の温度スイングクロマト分離試験を行う予定であるが、この試験に先立ってコールド試験(Cd/Eu 分離)を行った。ソフト性の高いCd の選択吸着とそれに伴うEu の追い出しが観察され、合成されたクロマト剤が十分にMA 分離試験に利用できるものと思われる。
3.今後の展望
「分子結晶成長法」で合成したTPPEN-NIPA ゲル塗布クロマト剤は、温度スイング効果に優れ、かつ1 段のAm/Eu 分離係数が最大28 という非常に高い分離性能を有する。クロマト分離ではHETP(Height Equivalent to a Theoretical Plate)が一般に数mm程度であることを考えれば、MA 回収を小型カラムで効率的に行うことができよう。今後の研究課題としては、基盤技術として①温度スイング効果の発現機構の解明と温度スイング効果の大きいゲルの合成、②多孔質ガラス及び塗布されたゲルの多孔質構造の最適化による低圧損・高効率クロマト剤の合成、③pH2 以下の酸性溶液で分離効果を発現するTPEN 誘導体の合成などが挙げられる。更に実プロセスへの適用を考えるならば、④MA 分離プロセスに混入するFP 核種の影響、⑤温度スイング分離に適した温度スイングクロマトカラムの設計などが挙げられる。このプロジェクトで開発されたクロマト技術は現在、FaCT(高速増殖炉サイクルの実用化研究開発)プロジェクトで開発が進められている抽出クロマト剤開発に直接適用できる。ゲル塗布クロマト剤を用いれば、従来の抽出クロマト剤の問題であった含浸抽出剤の漏洩の全くない、高Am 選択性の無劣化型抽出クロマト分離プロセスを構築することができる。
4.参考文献
(1) 竹下健二、中野義夫、森 敦紀、松村達郎:特願2007-210038
(2) 竹下健二、中野義夫、森 敦紀、松村達郎:特願2007-340476
(3) 緒明 博、竹下健二、中野義夫:特願2008-208685
(4) Tatsuro Matsumura and Kenji Takeshita: Prog. Nucl. Energy, 50, 470.475 (2008).