原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集
照射の複合作用を考慮した新しい材料損傷評価法の開発
(研究代表者)三輪幸夫 腐食損傷機構研究グループ 研究副主幹
1.研究開発の背景とねらい
図1 材料劣化と負荷応力レベルの経時変化の重畳作用をモデル化した例
本事業では、超臨界圧水型高速炉(SCFR)等の革新的原子炉の炉内構造物の合理的な設計手法の開発に資するため、複数の材料劣化事象が重畳して生じる照射誘起応力腐食割れ(IASCC)、寸法不安定性、塑性不安定破壊を解析対象として、劣化事象の時間依存性と複合作用に着目した新たな材料損傷評価法を開発し、発生応力の供用期間中の複雑な変化を取り扱える新しい構造設計技術の概念を確立することを目的とした。
材料劣化の素過程である照射硬化、照射誘起偏析及びスエリングの照射量依存性と照射誘起応力緩和による応力低下とスエリングによる応力増加の関係が図1に示すように複雑に変化する。現在の設計方法では損傷の起こり易さは図1下図の実線のように、例えば照射硬化によって決まることとなる。しかし、現実には応力レベルと材料劣化の程度の複合的な関係で損傷の起こり易さが決まり、この場合には下図の破線の様に複雑な照射量依存性を持つことが考えられる。本研究では、各材料劣化挙動の照射温度及び残留応力依存性を定量的にモデル化し、構造物におけるマクロな材料損傷の発生確率を原子炉の供用期間中に渡ってシミュレーションすることで、より現実の挙動に近い材料損傷評価法を可能とする新しい評価手法及び構造設計技術の概念を確立することを目指した。
2.研究開発成果
2.1 照射劣化挙動の定量評価
(1) 合金作製とイオン照射及び照射後試験方法
SCFRの構造材として検討されているSUS316L等の3種類の合金を作製した。引張試験、硬さ試験、ミクロ組織観察及び粒界近傍化学組成分析を行い全ての合金で顕著な違いが存在しないことを確認した。SCFR等の照射を模擬するため、12MeVのNi3+イオンを330、400及び550℃で損傷領域の平均弾き出し損傷量が1、6、12及び45dpaとなるようイオン照射試験を行った。残留応力の影響を調べるため、試験片に曲げ変形を与えたまま照射が行える治具を開発し、損傷領域に約-200、0、200及び300MPaの初期残留応力を与えた。照射後試験により照射硬化及び局所的化学組成変化の材料劣化事象の素過程を定量評価し、また残留応力及びスエリングの応力変化挙動を定量評価した。加えてIASCC発生挙動を調べるため、高温水中腐食試験を実施した。
図2 降伏応力の照射量依存性に及ぼす初期残留応力の影響
(2) ミクロ組織観察結果
イ) 照射量及び照射温度依存性の評価
図2に例として330℃で残留応力レベルを変えて照射したSUS316Lの硬さ変化から降伏応力変化を求めた結果を示す。また、図中には2.2(1)ロ)で行ったモデルの結果も示す。照射温度と残留応力の影響により、照射硬化と局所的化学組成変化が抑制される場合が有ることを明らかにし、その挙動を定量評価した。
ロ) 残留応力の評価
上記照射条件で照射誘起応力緩和挙動の定量データを取得した。また、曲げ応力及び単軸引張応力下で、イオン照射試験条件と同程度の時間の熱応力緩和試験を行い、熱応力緩和の影響を検討することで弾き出し損傷による正味の照射下応力緩和挙動を照射温度と残留応力レベル毎に定量評価した。
ハ) 腐食特性に及ぼす照射・応力の複合作用の評価
イオン照射したSUS316L鋼を330℃高温水中で応力を与え腐食試験を行った結果、無負荷又は200MPaの初期残留応力を与えた試験片における粒界腐食挙動を比較した場合、照射の複合作用がIASCC損傷発生感受性に与える影響として粒界腐食挙動を若干促進する傾向が観察された。照射の複合作用は、電気化学的腐食試験では粒界の耐食性劣化挙動を大きく抑制したことから、照射硬化や粒界での照射誘起偏析以外の影響も考える必要があることが分かった。
(a) 照射の複合作用として、照射誘起応力緩和のみを考慮
(b) 照射の複合作用として、照射誘起応力緩和と照射硬化等への影響を考慮
2.2 照射劣化挙動モデルの統合による材料損傷挙動シミュレーションモデルの構築
(1) 要素モデルの開発
イ) 中性子照射材料データベースの作成
イオン照射の加速照射試験により得られた結果を評価するため、無負荷条件で中性子照射されたSUS316L鋼など降伏応力、照射誘起偏析、スエリング及び照射誘起応力緩和に関してデータを収集し、既存のデータベースJMPDに入力しデータベース化した。一例を図2に示したようにデータベースとの比較を行った結果、スエリング挙動のみで加速照射の影響を考える必要があるが照射の複合作用自体に及ぼす影響は無視できることを明らかにした。
ロ) 照射による材料劣化の要素モデル開発
イオン照射試験結果、中性子照射材料データベース及び現状の照射損傷の機構論に基づき、降伏応力、照射誘起偏析、スエリング及び照射誘起応力緩和の残留応力、照射温度及び照射量依存性を表す要素モデルを作成した。
ハ) 照射損傷評価プログラムの整備
SCFRの炉内構造物の弾き出し及び核変換損傷量を計算するプログラムを作成し、文献調査などで得られた中性子エネルギースペクトル及び炉心構造などを用い、2.2(2)のシミュレーションで使用する照射条件のパラメータを取得した。また、シミュレーションを行うシュラウドなどの構造物に溶接残留応力を与えた構造体要素を作成した。
(2) シミュレーションコードの開発
イ) 材料損傷挙動の予測モデル開発とシミュレーションプログラム作成
照射損傷により硬化し工学的な加工硬化指数が低下する挙動を、対象となる照射温度、照射量及び残留応力レベルに対して真応力−真ひずみ関係にてモデル化した。また、文献調査などによりIASCC発生条件のモデル化した。これらを有限要素法の計算プログラムに取り込み、時々刻々と変わる材料の機械的特性と劣化度の変化を計算し、同じく照射量と共に変化するIASCCなどの破壊条件で判断する材料損傷挙動予測シミュレーションコードを作成した。
ロ) 照射の複合作用の影響評価
シュラウド外面を280℃、内面を550℃とし外面に約200MPaの溶接残留応力を与えた場合の計算例を図3に示す。Cr濃度変化及び残留応力がそれぞれピンク及び水色の領域にある場合にIASCCが発生する。本事業で行ったシミュレーションではIASCCの発生は起こらなかった。しかし、照射の複合作用により照射硬化などが抑制される影響を検討した場合、IASCCが発生する可能性を生じる応力領域までの照射量が大きくなり、その残留応力の影響を定量的に評価できることが分かった。
ハ) 新しい材料損傷評価法の概念検討
上記の検討により、照射硬化の分布によるラチェットやシェイクダウンのような変形挙動を生じることが分かり、その影響を考慮し構造物におけるIASCCなどの損傷を発生条件までの裕度を評価できた。また、照射の複合作用が逆に損傷を促進させる場合もシミュレーション結果から得られた。中性子照射による材料劣化のみでなく、損傷を生じるに必要な残留応力の変化及び残留応力により変化する材料の劣化度を考慮することで、より定量的な材料損傷挙動を評価できる新しい材料損傷評価法の概念が確立された。