原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集
レーザー光による原子炉材料中のオンサイト水素分析技術の開発
(主任研究員)福元謙一 大学院工学研究科 准教授
(再委託先)独立行政法人日本原子力研究開発機構
1.研究開発の背景とねらい
核燃料サイクルの早期確立のために実績のある軽水炉技術に立脚し、プルトニウムの有効利用、長期的にはプルトニウム多重リサイクル、さらには増殖への発展が可能な低減速軽水炉(核分裂反応に主として高速中性子を用いる軽水炉)の研究開発が進められている。その燃料集合体部材の材料の候補としてジルカロイが検討されている。
低減速軽水炉では通常の軽水炉より大幅に高い燃焼度条件が設定されており、水素脆化が克服すべき課題となる可能性がある。従って十分な燃料健全性を有する設計とするためには高燃焼度条件でのジルカロイの水素濃度データの蓄積が必須である。
ジルカロイ材が水中にあるとき、表面での水の分解で生成した水素がジルカロイ中に浸入し、金属中の水素濃度が固溶限を超えると金属水素化物を析出し、材料の機械的強度を低下させて水素脆化を発生させることが知られている。
高燃焼度化が想定される低減速軽水炉の燃料被覆管材料における水素脆化の問題は重要であり、水素の迅速定量分析技術の開発が望まれている。本事業では、レーザープラズマ分光法による金属中の水素検出技術を用いて、水中におかれた燃料集合体部材中の水素濃度のオンサイト分析技術の実現を目指すため、水中模擬分析、表面分析技術、深さ方向分布分析技術、材料健全性評価及びシステム概念検討を実施した。
2.研究開発成果
本事業は、以下の項目について研究開発を実施した。
真空雰囲気におけるプラズマ分光水素分析手法の高度化
真空状態下としてヘリウム減圧雰囲気下における水素プラズマの分析技術の検出効率を向上、試験技法を確立した。レーザープラズマ発光条件として真空状態下(ヘリウム減圧雰囲気)でヘリウム分圧10Torrにて水素検出効率が最大になることが明らかになった。様々なガス雰囲気下での水素励起試験により、水素励起にはヘリウム雰囲気が効果的であり、アルゴンやキセノンのような不活性ガスでは水素励起が殆どできないことが明らかになった。さらに、この水素励起機構には雰囲気ガスと対象元素の質量差のマッチングとプラズマ中のヘリウム励起過程という二つの要因が関わっていることが明らかになった。
レーザープラズマ分光分析条件と表面水分除去法の最適化条件を決定するため、真空雰囲気でのレーザー照射プラズマ分光測定装置を用いてパラメトリック実験として、最適パラメーターを求めた。この際表面水分による水素分析の妨害を抑制するための対処策を講じ、水分による水素分析への影響を最低限に抑えた。図1は水素濃度の異なる6種類のジルカロイ-4を用いて得られた水素分析に関する検量線であり、非常によい直線関係にあることが分かる。この結果50ppmを下回る検出下限値を得ることができ、水素プラズマ発光強度と水素濃度の検量線が得られた。ジルカロイにおける水素脆化発生のための水素濃度は300wppmといわれており、ジルカロイ水素脆化抑制のための定量水素濃度測定手法として本手法は適用可能と考えられる。
大気圧ヘリウム雰囲気におけるプラズマ分光水素分析手法の確立
二重レーザー照射プラズマ分光法による大気圧ヘリウム雰囲気下での材料中の水素濃度分析法を確立した。手法としてはTEACO2レーザーとYAGレーザーによる二重パルス照射試験と、二本のYAGレーザー照射による二重パルスレーザーの二種類の分析手法を用いて研究を行った。ヘリウム雰囲気下におけるジルカロイ中の水素分析にヘリウム圧力依存性があることが明らかになった。また、大気圧ヘリウム雰囲気下での照射において、単一レーザー照射よりも二重レーザー照射を用いた場合、TEACO2レーザーとYAGレーザーによる二重パルス照射の場合に水素検出効率が向上することが明らかになった。
水中でオンサイト水素分析を行う場合ヘリウムガスの吹きつけによる表面水分の除去により、水分由来の水素バックグラウンドを取り除かなければならない。この基礎実験としてヘリウム加圧チャンバーと二重YAGレーザーを用いて水素分析で障害となる表面の水分を除去するためにヘリウム雰囲気圧力と表面水分を変化させたパラメトリック試験を行い、水中での二重レーザー照射プラズマ分析技術を確立した。表面に付着する水分を変化させた試験では、ヘリウムガス加熱方式による水分除去法により100wppm水素濃度以下までバックグラウンドを低下させることができた。Hα発光強度と水素濃度依存性の相関について図2に示す。この結果水素プラズマ発光強度と水素濃度の検量線(0〜8000wppm)が得られ、大気圧よりも高い圧力でのヘリウム雰囲気下でのレーザープラズマ分光分析による定量水素濃度測定法を確立した。
表面分析技術、深さ方向分布分析技術、材料健全性評価及びシステム概念検討
プラズマ分光分析によるジルカロイ表面の水素濃度分布測定手法の分解能向上と表面損傷低減化のため、照射領域の狭領域化、レーザー照射ショット数の低減化と分析感度の最適化を行うためのレーザー表面走査によるプラズマ分光試験法を確立した。
プラズマ分光分析による表面酸化膜厚と水素濃度深さ方向分布の同時測定手法を開発した。金属酸化物をコーティングした金属試料(ジルカロイ、チタン)を水中に設置してレーザーダブルパルス照射し、プラズマ発光強度と酸化物の膜厚の関係を調べた。酸化膜の金属とベースとなる母材の金属が同種でも酸素の発光スペクトルを分析することで、酸化膜の有無を検知することができ、酸化膜深さ方向分布計測が可能であることが示された。
水素分布影響を少なくレーザー照射による表面損傷の軽減を図った分析感度の最適条件を検討した。Tight Focus照射とDefocus照射による表面損傷の比較では、Defocus条件による照射法で表面損傷が少ないこと、試料深さ方向の水素濃度分布試験を行う上でもDefocus照射が適していることが明らかになった。
水素分析用レーザー照射分析ヘッドの概念設計を行うため、水素分析システムに必要な要素性能の検討を行った。従来のレーザープラズマ分光分析機器システムによる検討から開発課題を抽出した。その主要項目として1)分析ヘッドの小型化、2)耐放射線仕様、3)管理区域仕様、4)Heガス置換システム、5)水分の影響を排除するシステム、が挙げられた。
3.今後の展望
本研究で得られた減圧下レーザープラズマ分光分析法および二重パルスレーザー照射プラズマ分析法による燃料被覆管中の局所水素分析のさらなる高度化を図り、実機材料に近い模擬試料などの測定・分析から測定技術の信頼性を向上させる。また原子力だけでなく水素貯蔵・製造技術産業への技術展開を見据えた定量水素濃度分析技術応用を模索してゆく。
図1:水素濃度の異なる6種類のジルカロイ-4を用いて得られた水素分析に関する検量線。YAGレーザー(140mJ)をDefocus条件で照射。雰囲気ガスはHe、10Torr。
Hα測定波長:656.28nm
図2:二重パルスレーザー照射によるHα発光強度の水素濃度依存性(条件:γ1出力=110mJ、λ2出力=100mJ、λ2集光高さ(z)=試料面下4mm、λ1集光高さ(h1)=4mm、プラズマ光計測高さ(h2)=2mm)