原子力システム 研究開発事業 成果報告会資料集
マイクロ・ナノ反応場を利用した革新的アクチノイド分離法の研究
(研究代表者)渡慶次学 大学院工学研究科 准教授
(再委託先)独立行政法人原子力研究開発機構、国立大学法人東京工業大学、
国立大学法人東京大学、財団法人神奈川科学技術アカデミー
1.研究開発の背景とねらい
本事業では、ガラス基板上に作製したマイクロメートルスケールの微細流路(マイクロ化学チップ[1])を反応場として用いる新しい革新的なアクチノイド分離・分析の基盤技術開発に取り組んでいる。微細流路内反応の大きな特徴は、分子輸送や分子拡散等にサイズ効果が現れることである。すなわち、1)空間が狭いことから、分子拡散距離が短くなり、反応時間が短くなる。2)比界面積(単位体積当りの表面の割合)が大きいことから、供給反応物に対する流路表面積あるいは液-液接触界面積の割合が大きくなり、混合・分離が高効率にできる。3)熱容量が小さいことから、急速加熱・冷却が可能となり、温度制御が容易に行えること等が挙げられる。このような特徴を有するマイクロ化学チップの微細流路を反応場として用いることで、微量試料で高効率(高速)・高選択的な分離が可能となり、革新的なアクチノイド分離・分析技術が構築できると期待される。更には、ナノ(10-9)メートルスケールの流路および構造体を作製する技術も開発されており、それを用いることで、イオン交換体のマイクロ・ナノ構造をモデル化することが可能となり、交換体内部の吸着挙動を明らかにすることができると期待される。これらから得られたデータは、新しいイオン交換体を開発する際の設計指針となると考えられる。
2.研究開発成果
本研究は、(1)マイクロ化学チップにおけるアクチノイド分離機構の研究、(2)電極集積型マイクロ化学チップによるアクチノイド分離法の研究、(3)マイクロ・ナノ反応場に関する基盤データ取得と解析、(4)マイクロ・ナノ反応場に関する要素技術の開発から構成されている。それぞれの開発課題について、代表的な成果を以下に記す。
図1 断面形状が非対称のマイクロ化学チップ
2.1.マイクロ化学チップにおけるアクチノイド分離機構の研究
アクチノイド類の代表的な抽出剤であるTODGAによるNdの抽出分離試験では水相に背圧を加えるとともに、断面形状が非対称のマイクロ化学チップ(図1)を用いることにより、有機相と水相の流量比が1の条件において、有機相と水相が良好に分離されることが示された。TODGA及びCMPOによるAmの抽出試験おいては、チャネル内の流体が有機相と水相の接触界面が二相層流よりも広い、セグメント流を形成する結果を得た。油水の二相の接触面積の大きさから、平行二相層流ではなく、セグメント流による抽出もマイクロ化学チップを用いた分離・分析に有効であることを見出した。
2.2.電極集積型マイクロ化学チップによるアクチノイド分離法の研究
前年度までに取得したマイクロ場におけるFe(II)/Fe(III)系の電極反応に関する知見に基づき、電極集積型マイクロ化学チップを用いた電解価数調整を伴ったU(VI)/U(IV)系の抽出試験を実施した。この結果、マイクロチャネル内でUの原子価をVIからIVに調整することができることを確認した。しかしながら、電解効率が低いことから、電極構造・電極配置等の最適化が必要であることが明らかになった。また、櫛形電極を用いることで電解電流効率が向上することを確認した。さらに、櫛形電極を集積化したマイクロ化学チップを、Fe(II)/Fe(III)系を対象にした矩形波ボルタンメトリーにより評価したところ、そのピーク電流値が電気化学活性種の濃度に依存することから、溶液中の微量な電気化学活性種を迅速分析に応用できることも明らかになった。電解効率を上げるための電極構造・電極配置等の最適化は今後の課題である。
図2 H2O、EtOH、DMSO溶媒におけるHacacのKEQ値の空間サイズ依存(バルク値を1に規格化)
2.3.マイクロ・ナノ反応場に関する基盤データ取得と解析
ナノレベルの分子集団挙動に関する基礎的知見の取得を目的として、ナノチャネル内に導入されたアセチルアセトンの互変異性化反応及びテトラキスセリウム錯体の配位子交換反応を核磁気共鳴(NMR)法により解析した。アセチルアセトンの交互異性化反応のketo-enol平衡は、チャネルサイズが500nm程度より小さくなる付近からketo型にシフトすることを明らかにした(図2)。また、テトラキスセリウム錯体の配位子交換速度は、バルク・マイクロ空間とナノ空間では交換速度が異なることを明らかにした。これらの結果は、狭小場を利用した新しい原理に基づくアクチノイド分離法を構築できる可能性を示唆するものである。
ナノ空間においる化学反応を理解するための基礎データの取得を目的として、ナノ空間中で酵素β-galactosidase(β-gal)による基質tokyogreen-β-galactoside(TG-β-gal)の加水分解に基づいた蛍光反応を行った。バルク・マイクロ空間とナノ空間のおける反応速度の比較から、ナノ空間では反応速度が増大することがわかった。この理由については、今後更なる検討が必要である。
2.4.マイクロ・ナノ反応場に関する要素技術の開発
原子価調整を伴う抽出操作に適応可能な電極集積型マイクロ化学チップの作製条件の検討を行ない、目的を達成可能な条件を見出した。電極集積型マイクロ化学チップ内での油水二相流の流動特性に関する基礎データを取得し、流れを乱す要因を排除した設計・試作を行なった。
常温では単一相であるが加熱することにより二相に相分離する熱応答性化合物の分相・分離に利用可能なマイクロ化学チップおよび温度制御システムとして、微小熱電対組込み型チップによる温度校正システムを開発した。それを用いて熱応答性化合物の基礎データを正確に取得することが可能となった。温度制御されたマイクロ化学チップを利用することで簡便に熱応答性化合物の分相・分離に関する基礎データが取得できる手法を確立した。熱応答性化合物の分離・分相に関する基礎データを取得し、その結果を反映して、マイクロ化学チップの温度制御技術と熱応答性化合物を利用した新規分離技術の開発を進め、コバルトをモデル化合物としてその原理を実証した。
3.今後の展望
得られた成果より、マイクロ・ナノ反応場を利用したマイクロ化学チップは、微量(試料量、廃液量)かつ、高速な革新的アクチノイド分離・分析法となる極めて高い可能性があるということがわかった。特に、再処理プロセスの工程管理用の分離・分析法として、微量で高速というだけでなく、自動化や常時モニタリングなどが可能となることも期待できる。今後はマイクロ化学チップによるアクチノイド分離・分析法の成立性を高めるために、マイクロ流路内の2層流(平行二相層流、セグメント流)の流体挙動の一般化、電解価数調整の更なる高効率化、マイクロ流路内のプロセス設計法の確立、送液系や検出系などの周辺機器とのシステム化、安全性・耐久性などについて検討する必要があると考えられる。
4.参考文献
[1] マイクロ化学チップの技術と応用, 化学とマイクロ・ナノシステム研究会監修, 丸善(2004).