原子力システム研究開発事業

HOME研究成果平成22年度成果報告会開催資料集>京都大学(KUR)及びホットラボの利用高度化に関する研究

平成22年度成果報告会開催

原子力システム研究開発事業及び原子力基礎基盤戦略研究イニシアティブ 成果報告会資料集

京都大学(KUR)及びホットラボの利用高度化に関する研究

(受託者)国立大学法人京都大学
(研究代表者)川端祐司 大学院工学研究科
(再委託先)公立大学法人大阪府立大学
(研究開発期間)平成20年度〜22年度

1.研究開発の背景とねらい

 原子力ルネッサンスの時代を迎え、原子力研究・教育の再活性化が急務となっている。京大炉は日本唯一の大学付置中型熱中性子研究炉であり、これまでも全国共同利用に供してきた。しかし、近年維持管理費の削減が続き、基盤的研究装置類の老朽化・陳腐化が進むという問題を抱えている。
 日本原子力研究開発機構に所属する研究炉等の大型中性子源は、国家戦略に基づき、世界最大規模を実現することでその役割を達成してきた。それに対し、京大炉は大学付置として、学術・教育における基礎基盤的役割を果たしている。全国共同利用研として、大学関係者を主とした研究者に研究の場を提供してきたばかりでなく、多くの学生が訪れる教育の場としての役割も大きい。この様に国家的・社会的重要性の高い施設であり、その役割を今後も確実に果たす必要がある。
 そのような京大炉が目指すべき方向性は、「中小型炉としての機動性を持ち、広いユーザーへの汎用性を確保しつつも、京大炉ならではの特徴的研究を遂行する」ことであると考えている。また、我々は大学付置共同利用研究所として、日本及び世界の学術基盤を支える役割を認識し、中小型中性子源の理想的なあるべき姿を追求しなければならない。さらに、京大炉で実施する研究は、高いピークを有すると共に、国内外の研究者に広く使われる汎用性と便宜性を有しなければならない。汎用的利用分野であっても「京大炉ならでは」という特徴を持たなければならないであろう。
 本事業では、中小型研究炉であるKUR利用の活性化のため、その特長を最大限に生かす分野を重点的に強化することを目的としている。内容は大きく5つの分野に分類できるため、以下にそれぞれについて述べる。

2.研究開発成果
2.1 医学生物照射のための線量評価高度化に関する研究
図1
図1 リアルタイム線量計概念図

 KUR重水中性子照射設備では物理学、工学、生物学、薬学、医学と多岐に渡る研究が行われている。中性子照射には2パターンあり、1つはレール照射装置及び試料輸送台車を用いる大面積(直径50cm)照射と、もう1つは硼素中性子捕捉療法(BNCT)医療照射と同様に、医療用コリメータ(直径5〜30cm)を用いる照射である。ここで大面積照射時に均一とみなせる有効照射野は直径30cmである。
 本設備は、特に硼素中性子捕捉療法に関して基礎から臨床応用研究において活用されている。本設備での硼素中性子捕捉療法の臨床応用は、脳腫瘍および悪性黒色腫を対象に、1990年に本格的に始まった。これまでに275例の臨床試験が行われ、そのうち193例が2001年以降のものである。近年は、従来の脳腫瘍、悪性黒色腫に加えて、再発頭頚部腫瘍、肝腫瘍、中皮腫などへと症例部位の適応を拡大し、それぞれに対して有効性を示してきている。
 症例数の増加の主な理由としては、熱外中性子の使用、座位照射が可能になった事、5MW稼働中でも照射室にアクセスできる構造に改造された事等が挙げられる。硼素中性子捕捉療法の有効性を示すためには、さらに症例数を増やすことはもちろん、線量を精度良く評価することが非常に重要となる。高精度線量評価は本設備で行われているマウス、細胞照射といった基礎研究に関しても同様に必要なことである。線量は生物、薬学の実験では常に評価基準となる。ここが正確でないと信用できる実験データを提供することができない。
 30cmにも及ぶ大「面」積での二次元的な線量評価、さらに医療照射における患者への正確な投与線量の決定及び基礎実験における線量決定を行うため、照射中に線量をリアルタイム(微分型)で測定することが要求されてきている。
 本事業で開発したリアルタイム線量計の概念を第1図に示す。ここでは、光ファイバーを用いた微小シンチレータを用いることにより、中性子場を乱さない、照射による劣化が少ない、109 (n/cm2/s) オーダーのフラックスに耐える計数率特性、さらに良好なガンマ線弁別性能を持ったリアルタイム線量計の開発に成功した。

3.2 微量元素総合計測システム構築に関する研究

 京都大学原子炉実験所には中性子放射化分析法による元素分析のための施設として、圧気輸送管照射設備および水圧輸送管照射設備が整備されている。これらの施設を用いて分析試料中の極微量元素の定性および定量分析が可能となっている。中性子放射化分析法では、分析試料を上記照射設備を用いて原子炉で中性子照射し、中性子捕獲反応によって生成した放射性同位元素から放出されるガンマ線をGe半導体検出器によって測定することにより元素分析を行う。この際、生成する放射性同位元素の寿命(半減期)が短い場合には、試料移送及びハンドリング時間が必要であることから測定核種に制限があったため、本事業では、測定核種を広げるための短寿命核種測定ステーション、さらに半減期の制限のない即発γ線分析装置(PGAA)を整備した。
 またこれらに加え、中性子を用いた微量元素測定システムを補完する微量元素測定装置を、本事業によって整備した。京大炉ではこれまでにも各種装置を整備してきたが、これまで欠けていた蛍光X線分析装置及び高周波誘導結合プラズマ発光分光分析法(ICP-AES)を整備することにより総合システムとしての体制を確立することができた。本事業によって確立することができた中性子利用総合微量元素分析システムの概念を第2図に示す。この様な総合的微量元素測定体系が完備されることによって、全国共同利用研究所として確立してきた共同利用体制をさらに活性化し、「関西域微量元素測定拠点」として広く活用できると考えている。

図2
図2 中性子利用総合微量元素分析システムの概念
2.3 大電流利用二層流研究対応中性子イメージング装置の開発

 X線に比べ、中性子は金属を透過しやすく水素等の軽元素に対して敏感であるという特徴がある。その結果、中性子イメージングではX線とは相補的な情報が得られる。例えば、金属容器中での水の沸騰状況を研究するような二層流研究は、原子炉安全研究にとって重要であり、かつ中性子を用いなければできない研究分野である。
 中性子ラジオグラフィの二層流研究への応用は日本が得意とする分野であり、これまでも世界をリードしてきた。しかし、実験装置の異常時における研究炉への悪影響の可能性のため、原子炉棟において大電力を使用した実験を行うことは難しかった。そこで、原子炉本体とは別系統の電力供給ラインを準備し、さらに測定場所を原子炉から離れたスーパーミラー中性子導管室とすることにより、研究炉の安全性に影響することなく大電力を利用した二相流研究が実施可能な設備を、本事業によって整備した。その概要を第3図に示す。

図3
図3 中性子ラジオグラフィ用電源及び冷却設備概要
2.4 材料照射測定用照射後試験装置の整備

 原子炉における材料照射は研究炉の重要な研究分野であるが、照射中の試料環境を厳密に制御した照射が出来る場は多くない。KURでは中性子束はそれほど高くはないが、試料環境を制御した照射が可能であり、厳密な条件設定ゆえに正確な科学的知見が得られるような装置を備える等して、低フラックスであるにもかかわらず特徴的な利用を可能としてきた。
 材料の中性子照射効果の評価において、材料の組織変化からは直感的に材料の劣化を結びつけることができるが、定量的な材料の力学特性の変化は分からないため、本事業では、低温から高温まで幅広い温度領域での材料組成変形の研究を目的とした、温度制御が可能な照射試料用引張試験機を整備した。さらに、中性子照射によって生成した欠陥集合体による転位阻害等の、中性子照射試料組織の動的観察を行うために、電子顕微鏡加熱引張りホルダを整備した。これらによって、本事業による精密照射後の材料特性試験環境の整備が実施された。

2.5 合理的管理のための放射線管理

 研究用高レベル放射線施設(研究炉・ホットラボ)は、商業用原子力施設などに比べきわめて多様な放射線作業環境をもつという特色を有している。このような特徴を活かし、従来の放射線安全管理手法に加え、作業内容、作業者の知識や技術能力、心理状態、健康(生理)状態などを考慮した高度な管理手法の開発研究を実施した。

3.今後の展望

 平成22年3月、日本学術会議より「提言 学術の大型施設計画・大規模研究計画 −企画・推進策の在り方とマスタープランの作成について−」が公表された。これは、日本学術会議 科学者委員会 学術の大型研究計画検討分科会の審議結果を取りまとめたものであり、「日本学術会議は学術の推進上の重大な問題点を認識し、科学者コミュニティの専門的意見を集約して、大型施設計画および大規模研究計画の検討を行い、わが国として初めての全分野にわたる大型計画のマスタープランを策定した 」というものである。この提言のなかで、今後特に重要な大型施設計画・大規模研究計画として、全学術分野から43課題が選定されている。
 そのなかに、京都大学原子炉実験所からの提案「複合原子力科学の有効利用に向けた先導的研究の推進」が、唯一「原子力」を表看板として掲げたものとして「物理化学・工学」分野の大規模研究計画に選定された。この提案が目指すものは、「人類社会の持続的発展には原子力・放射線の利用が必要である。本計画では、研究炉・加速器を用いる共同利用・共同研究を軸に、複合的な原子力科学の発展と有効利用に向けた先導的研究を推進し、その拠点を形成する。」ことであり、 研究炉・加速器を利用して広義の原子力を推進しようというものである。
 さらに、平成22年9月には、科学技術・学術審議会によって「学術研究の大型プロジェクトの推進について(審議のまとめ) −学術研究の大型プロジェクトの推進に関する基本構想「ロードマップ」の策定−」が公表され、前述の学術会議のマスタープランに盛り込まれた43計画について、優先度を明らかにする観点から評価結果が整理された。そして、ここでもこの「複合原子力の推進」は、2つの観点共に「a」評価という高い評価を受けることとなった。
 本事業の課題名は「京大炉(KUR)及びホットラボの利用高度化に関する研究」であり、まさしく京大炉が提案した計画の主要部分である。我々は、学術会議が選定した重要な計画の中核部分を担当していることに心し、今後もさらなる積極的な展開を期していきたいと考えている。

■ 戻る ■
Japan Science and Technology Agency 原子力システム研究開発事業 原子力業務室